
思考を止める
繰り返したくないと意識しては繰り返している時、
突破できない時などは
偏ってしまってることが多い。
そういう時は思考を止める。
思考を手放し感じる。委ねてみる。
思考を手放し、
感じることに委ねるとバランスを取り戻す。
やるべきことがはっきりとわかる。
すでに豊かな自分に隅々まで理解が及ぶ。

繰り返したくないと意識しては繰り返している時、
突破できない時などは
偏ってしまってることが多い。
そういう時は思考を止める。
思考を手放し感じる。委ねてみる。
思考を手放し、
感じることに委ねるとバランスを取り戻す。
やるべきことがはっきりとわかる。
すでに豊かな自分に隅々まで理解が及ぶ。

『甘い考え』にどれ程「甘い」と伝えても伝わらないもんだ。
自分の甘さに気づくのは
ダメな事実に直面化した後。
辛さを乗り越えた人しか、
考えの甘さ度合いはわからない。
例え甘い考えであろうと、
甘いなりの自分の考えがあるから、
周りの意見に合わせてうまくいってしまうより
自分の考えで勝負してみた方が
痛い目にあう分、学び深いのかもしれない。
転ばぬ先の杖は
自分で用意したものでなければ活かせない。
ケースにもよるが
転ばぬようにと杖を差し出すのは
ただのお節介でしかないのかもしれない。

好かれる人って
やって欲しいことをやる人というより、
やってほしくないことをやらない人なんじゃないのかな。
人は快を求めるより、
不快を強く嫌う。
好かれようとして頑張ってもそうならないのは
やってほしくないことをやってしまっている可能性がある。

段取り八分の仕事二分というが
『段取り』は道具を揃えたり、
スケジュールを組んだりするばかりじゃない。
段取りはゴールの設定から始まり、
ここが最も大切で、
ゴール設定が違えれば
揃える道具もスケジュールも変わってしまう。
ダイエットで言えば
体重が減ることを目標にするのか
健康的な体重で生活し続けることを目標にするのか、
良いプロポーションを目標にするかでは
準備するものも、
スケジューリングも変わってしまう。
仕事で言えば
生活のための資金を稼ぐことを目的にするのか、
自分の輪郭を明確にする目的か、
社会を良い方向に変える一助を目的にするかでは
やはり、段取りは変わってしまう。
変わるのは段取りだけじゃない。
あなたが紡ぐ歴史が変わる。

言い訳について考えてみる。
責任の回避か、
自分の能力の程度を認めたくないのか、
嫌われたくないのか、
何か効果を狙って言い訳してるのだろうが、
言い訳がその効果を発揮することは少なく、
言い訳に良いことはほぼほぼ無い。
周りの人には言い訳だと完全にバレていて、
保身する卑怯な人で、弱い印象を与え、
付き合いたくない人に分類されていく。
自分が言い訳していることを
よーく自分でわかっていて自分が情けなくなる。
自分を自分で誇れないような行為は
出来るだけ避けたほうがいい。

ハッとできたらいい。
ハッと気づけたらそこから変わり始める。
気づかないということは
何も変わってないように現状を捉えてしまい、
気づけてない自分にも気づけない。
「気づかなかった」では終わらない。
あらゆることが
気づけるように大きくなっていく。

自分が成したいことと
すべきことに距離があると
人はストレスを感じる。
このふたつがうまく統合できると
ストレスが軽くなるだけでなく、
成したいことへ加速していく。
「すべき」ことと「したい」ことの統合を図るには
「すべき」と思っている自分に気づき、
「すべき」を少しだけ緩めるといい。
それだけで随分とラクになる。

やる気が起きない自分も
うまくやれない自分も
先延ばしする自分も
信頼してみる。
ダメ出しするほど深みにはまる。
時間はあると言い聞かせ、
ゆっくり構えてみるトレーニングだと心得る。
やり方はそれぞれだろうが
理想的じゃない自分も信頼する。

あーだこーだ言っても
始めなければ始まらない。
始めたら始まるもので、
目をつぶったままでも半歩でも、
踏み出してみたら景色が変わる。
自分のためよりも
誰かのためなら踏み出せる一歩がある。
人が悩みを深めるのは
心のベクトルが自分ばかりを向いている時。
人は一人じゃ生きられない。
誰かに支えてもらい、
応援してくれた一瞬があって
今の自分はあるものだ。
今のあなたは誰のために頑張れるだろう。

何かさっぱりしない。
ストレスを感じる。
気持ちが乗らない。
そんな時は何かから逃げてる。
嫌なことを避けていて
向かってないことが多い。
向かってみたらさほどのことはなくても
逃げるほど敵は大きく感じる。
向き合ってみる。
計画を立ててみる。
勝負する。
勝敗がどうであれ、
逃げずに向き合う自分は
ちょっといい。
人はそんな自分が好き。
好きになれる自分を選択しなきゃ。