
胃腸炎デビュー
私は熱に強い、痛みにも強い方だと思う。
しかし、
今回、初の胃腸炎は思った以上に厳しかった。
内蔵のあたりがグジュグジュすると思ったら、
どっと汗が出る何とも言えない感じが続く。
どうにか復帰です。
2月は発熱に胃腸炎と
死神を感じる1ヶ月でした。
快く講座を変更いただいた受講生の皆様、
予定を変更していただいた方々、
本当にありがとうございましたm(_ _)m

私は熱に強い、痛みにも強い方だと思う。
しかし、
今回、初の胃腸炎は思った以上に厳しかった。
内蔵のあたりがグジュグジュすると思ったら、
どっと汗が出る何とも言えない感じが続く。
どうにか復帰です。
2月は発熱に胃腸炎と
死神を感じる1ヶ月でした。
快く講座を変更いただいた受講生の皆様、
予定を変更していただいた方々、
本当にありがとうございましたm(_ _)m

本当にやりたくて始めるのに
「そんなにやりたいものじゃない」と
自分に言い聞かせて始める効用がある。
本当にやりたくてやれなかったという事実や
ショックを回避するため。
そうしているうちに
本当にやりたいことがわからないという世界に
入り込んでいき、
やりたいことがわからないまま時間をやり過ごす。
これも生き方のひとつだろう。
それで本当に後悔しないのかな⁈

事実には受け入れがたい辛い時がある。
見ないことにしても進むことはできるが、
直面することでしか
本来の成熟はない。
もちろん、余裕ができてからでもいいし、
見たとしても受け入れがたいと感じれば
先延ばししてもいい。
しかし、やはり事実は事実なんだ。

相手の期待がわかるから、
期待に沿うことができて気に入られたり、
空気が読めることを喜ばれたりする。
結果、相手も自分もよしとなれば
問題はないが、
相手は良くても自分は違ったとなった時、
問題が生じる。
自分は相手の期待に沿うように頑張ったのに
相手は自分の期待に沿ってくれないと
怒りが湧いたり、
大切にされていないと落ち込んだり、
辛くなったり。
相手の期待がわかることは決して悪いことじゃない。
期待が分かった上で、
どうするかは自分の選択で、
その責任は自分にあることを
理解する必要がある。

物事をうまく進めるには
目標を明確にすることと同様に
手法を決める必要がある。
様々な手法の情報が手に入るからこそ
相反する手法も多く、
あれこれと迷っていると前に進まない。
自分の気質に合うもの、
自分の生活スタイルにマッチするもの、
これならやれる!と思えるものを
一時的にでも続けてみることが有効になる。
迷っているうちに
時間だけが過ぎ去ってしまったということは
避けたいね。

感情の取り扱い事例として
受講生のケースをだいたい火、金更新で
ブログに綴っている。
誰かは特定できないように書いているつもりだが、
リアルな事例なので書き上げた後、
できる限りご本人に確認していただくようにしている。
事後報告になるにも関わらず、
みなさん、
「全然大丈夫です。
むしろ、ありがとうございます。」
や
「改めて泣いてしまいました」と
と快諾いただいている。
自分のやった事を他者の視点で見直したものをまた、
自分で読んでみると学びが深まり、
良い振り返りとして感じていただいているよう。
こうした気づく力が強いメンバーとの
講座は有意義でたのしい。
受講生の力を見計らいながら、
直面化できるかな⁈と心配もしつつ
一歩踏み込んだ時に
受講生自ら大きな変化の扉のドアを開いていく。
講座は私だけの力では成り立たない。
講座は受講生と共に感じ、
響きあい、織りなされる人生の一部だと改めて感じる。

やってみるって最高だな!
受講生のチャレンジした勇気を私はとても歓迎する。
人は頭だけで理解しても変わらない。
体感することによって染みていく。
そのための一歩は大きなチャレンジだ。
30年も40年も信じてきたやり方を捨て
違うやり方をやってみるのだから。
チャレンジによって一瞬にして変わるが、
一瞬にして戻ることも事実だ。
長年、慣れ親しんできたんだもの。
例え望んでいた結果だとしても
そう易々と変わってしまうことはないかもしれない。
が、だんだんと、
そう!だんだんと確実に染みていく。
気づけば、以前の自分を忘れてしまうほどに。
しかし、それはあなたの勇気から始まる。

財布を自宅に忘れて東京出張。
福岡空港でタクシーを降りるときに気がついた。
忘れることが常の私は、
いろんなところに小銭やちょっとしたお金を入れてる。
かき集めてみたら4550円ある!
交通系カードはあるし、
クレジットカードも一枚だけど
別にポーチに入れてたからもう大丈夫!
さぁ!お仕事しましょ。
備えあれば憂いなし!
ん?何か違う気もする。

自分が「本当にやりたいこと」やろう!という風潮がある。
もちろん、そうすることが自然ではあるが、
「本当に」がつくと、
どうも皆、罠にはまっているよう。
というのも、
やるべきこと(should,must)やれること(can)
やりたいこと(will)の3つがあり、
やりたいことは、やるべきこととやれることを
やった先や過程にあることが多いから。
本当に自分がやりたいことは
考えればわかることでもないし、
やろう!と決めたとしても
やらなければ、その気は失せるし、
やる気になったのにどうも腰が重いのは
本当にやりたいことじゃない⁈と感じてみたり、
また、
やってみなければわからないことだらけだし。
やりたいことは、
活動しながら段々と絞られていくもので
机上のものではない。
http://yukari123.com

学生と社会人ではルールが違うところがある。
例えば「平等」
学生には「機会」は基本、平等に与えられる。
しかし、社会人だとやった結果ややれる能力に応じて
「機会」は「平等」に与えられる。
できる人には多くの機会があるが
できない人にはそれがなかなか回ってこない。
出来るようになるための時間も
それぞれが各自で確保する。
機会さえあれば私だって!と感じるのなら
機会が回ってくるように
自他に働きかけなければならない。