
犯人は自分
期限は良いものです。
そこまでなら頑張れたり、
踏ん張れたり。
ただ、期限が重くなってるケースもあります。
思い切って先に伸ばししてみると、
なーんだこの程度でいいんだ!
と
自分を追い詰めていた犯人が
自分であることに気づくでしょう。

期限は良いものです。
そこまでなら頑張れたり、
踏ん張れたり。
ただ、期限が重くなってるケースもあります。
思い切って先に伸ばししてみると、
なーんだこの程度でいいんだ!
と
自分を追い詰めていた犯人が
自分であることに気づくでしょう。

アレはココにつながっていたのね〜!
と理解できるのは
アレから随分時間が経ってからだ。
渦中は全く理解できないどころか
なぜ?どうして?と
踠き苦しんでいることも多い。
こういうことを何度も繰り返しているなら
意味があると信じてみても良さそうなのに
なかなか信じない。
辛すぎた時期が続いたのかもしれないね。
いつだって「今」は「あの時」と
同じじゃないんだよ。

「出来る」「出来ない」がその人の価値に
大きく影響すると誤解している人は少なくない。
もちろん、「出来る」に越したことはないだろうが
「出来ること」だけが
その人の価値を高め、
「出来ない」ことがその人の価値を
下げるわけじゃない。
人には「出来る」こともあれば
「出来ない」こともある。
「出来ない」ことが
自分の価値をさげると思い込んでいると、
「出来ない」自分を受け入れられない。
「出来ない」自分を
認める強さがないことの方が
「出来ない」こと以上に問題だ。

悩みが深まるふたつの条件とは
暇と自分のことばかりを考えること。
暇は余計なことを考える。
時間の余裕は嬉しいことだが
人はやることがないと
考えなくていいことまで考えてしまう。
やはり、ある程度の忙しさは健全な自己防衛になる。
自分がどう、自分の気持ちがどうと
心のベクトルが
自分ばかりを向いていると
周りが見えなくなっていく。
ある程度、周りの人の心持ちを考えることは
やはり、健全な自己防衛となる。

例えば普段、
どの程度リラックスして過ごしているか、
また、どの程度の緊張で過ごしているかは
なかなか自分ではわからない。
肩に力が入っていることや
奥歯を噛み締めていることで
初めて自分の緊張状態に気づけたりするものだ。
心の状況がわからないときは
心と繋がった、
目に見えるものや理解しやすいもので確認する。
例えば、
身体の緊張具合、
部屋の散らかり度合い、
字の乱れ度合いなど
心の状態が現れるものは意外と多い。
そして、
心の状態がわかりやすいものを整えると
心も整っていく。
例えば、
身体をリラックスさせる。
部屋を整理整頓する。
字を丁寧に書く。