人生をより豊かにしたい時

2018.09.16.

努力って本当に辛いの?

努力=我慢、辛い
といった認知を持っている人は少なくない。

それは努力の木になる果実の旨みを味わったことがないだけ。

やるべきことをやらずに休んでいても
休んだ気にはなれないが、
やるべきことをやっている時は
例え苦しい時間があってもやっぱり清々しい。

努力=辛いのは最初だけ=努力した分、自分が伸びる=楽しい!
つまり、
努力=楽しい
なんだよ。

努力の先にある喜びを知っていれば、
努力は楽しいものでしかないんだよね。

2018.09.10.

幸せの主導権をにぎる。

あなたは何に幸せを感じるだろう。
毎日に少しでも幸せを感じる時間があるだろうか。

何も幸せを特別なことに限定する必要も
状況に委ねる必要もない。

あぁ…しあわせ〜!と
心に沁みるような時間を日々に持てているか、
そうじゃないかでは
その人の人生は随分変わってしまう。

自分の幸せの主導権は自分で握る。

2018.09.03.

見えない枠の中

〜でなければならない。
〜あるべきだ。

といった見えない枠の中で生きていることがある。

意欲を抑圧している人間はすぐにわかる。

イキイキしてない。
疲れているように見える。
口がへの字になっている。

自分が生きたいように生きて
疲れているのならまだしも
自分がやりたいことを抑圧して
疲れてしまっていてはもったいない。

2018.09.01.

癒えない傷

場面だったり香りだったり、人だったり、
ちょっとしたことがきっかけで蘇る痛みがある。

時間が経っていても傷がうずくということは
癒えてないというより
その傷は癒えることがないのかもしれない。

それはそれでいい。
ずっと持っていこうじゃないか。

傷の一つや二つや三つや四つ、
誰もが持って生きている。

2018.08.31.

知らぬまのストレ

そんなに気が重かったんだ…と
無くなって初めてわかるストレスがある。

始めたときは嬉しかったから、
だんだんと深まっていくストレスに気づけず、
ストレス慣れしていたのかもしれない。

ちなみにストレスのサインは以下のような症状
・なかなか重い腰が上がらない
・考えても気が晴れない。
・やろうとすると眠くなる。もしくは寝てしまう。
・予定を決めきれない。etc

ストレスだと意識できることは大切で
意識したものは変えることも変えないことも
選ぶことができる。

何かをストレスに感じていないか
今一度、周りを見渡してみるのはいいかもしれない。

2018.08.27.

我慢のための我慢になってないか?

我慢すればうまくいくほど世の中、甘くない。

妄信的な我慢は精神衛生上、悪い。
自分への劣等感からの我慢は
何も生み出さない。

目的に向かった我慢や努力は
本来、楽しいもので
我慢や努力といった感覚とは遠い。

あなたの我慢は
我慢のための我慢になってないだろうか。

その我慢は何のためなのか、
今一度、我慢の棚卸しが必要かもしれない。

 

2018.08.22.

夢へ向かう旅

夢へ向かう旅に嵐はつきものだ。

嵐をやり過ごしてからと思っていると
いつまでも旅は始まらない。

旅をしていれば、
やるせない気持ちになることもあれば
無理かもしれないと
諦めたくなる時もある。

しかし、
旅に出ることなく、
嵐をやり過ごそうとじっとしていても
同じように感じる時はあるもの。

どちらにせよ
そんな気分を味わうものであれば
旅に出た方がまだいいんじゃないか。

嫌な気分を味わうことのない人生なんて
存在しないのなら
せめて、
やりたことをやっていた方がいい。

2018.08.19.

自分を丁寧に取り扱うとは、

自分を丁寧に扱うとは、
今の感情に気づくことから始まる。

嫌なのか、嬉しいのか、
楽しいのか、やめたいのか…

自分がどう思っているのかに気づくと
そこから、
どうありたいのか、
その為に何が必要なのかがわかる。

自分の感情に自分が気づかないってある?
と驚かれる方もいるかもしれないが
時間が経って
あの時の私ってそう思ってたんだ〜!と
はっきりすることは少なくない。

幼少期、その場をしのぐ為に、
社会性を身につける為に、
夢に向かって簡単に諦めない為に、
私たちはさまざまな理由で感じることを鈍らせている。

まずはそのことに気づこう。
鈍らせてるかもしれないといった視点で自分を見てみよう。

自分の感情の気づきは
人生を変える。

2018.08.16.

人の危機とは

危機とは
困難な状況に遭遇したときに
これまで身につけてきた解決手法では対処できず、
一時的に情緒が混乱する状態。

と理解していれば
『コレまでの解決手法じゃない手法を
身に付けるチャンス』ということが理解できる。

ピンチはチャンスなはずだ。

コレまでの経験が短ければ
かなりの頻度で危機に遭遇することが予測できるし、
遭遇するたびに経験という名の新しい手法を
身につけていける。

そうしながら、
「困難」に対する「乗り越え方」や「情緒の落ち着かせ方」も
経験で学ぶことができる。

極端な話だけど、
危機的状況が日常化すれば
危機的状況を特別と捉える必要がなくなり、
一時的に情緒か混乱することも減るだろう。

そう考えると、
もっとも危機的状況とは
困難な状況から程遠い平穏な場に安住してしまうこと。

鍛えなければ筋肉は衰えるが、
鍛えれば力はつく。

危機的状況を待っているのは勿体無い。
危機的状況を能動的に作り出し、
危機的状況に慣れるトレーニングをするといい。

与えられた危機的状況だと情緒もたまったもんじゃないが、
自ら作り出す危機的状況であれば、
身構えられる。

危機的状況に慣れるトレーニングは
チャレンジに尽きる。

チャレンジの効用のひとつなんだろうな。

 

2018.08.10.

ふと思い出した幼少期の思い出1

AとBのどちらかを選ぶ問題。

私はBじゃないか…と思っていたけど、
周りの友達がAを選んだので
自分の答えに自信がない私は
みんなと合わせてAと答えた。

すると、Bが正解で
合ってんたんだ!!!
自分の答えを言えばよかった…と後悔したことがあった。

それから
私は人の意見を聞く前に自分の意見を言うように心がけた。

自分の意見が間違っている分は
諦めがつくが、
人の意見に乗って間違ったら
諦めがつかない。

自分の意見をまずは自分で決める。

それから人の意見を聞かないと
ぶれぶれになっちゃうよ。