
人の賢さとは
見えないところを見る力が
人の賢さだと私は思う。
見えてる範囲だけの判断は
一面的で間違いやすい。
人や出来事は多面だ。
自分ばかりにベクトルが向いていると、
見えているものだけで正誤をつけてしまう。
見えないところなのだから想像するしかないけれど
見えないものを見ようとする力があるのは
賢さだと思う。

見えないところを見る力が
人の賢さだと私は思う。
見えてる範囲だけの判断は
一面的で間違いやすい。
人や出来事は多面だ。
自分ばかりにベクトルが向いていると、
見えているものだけで正誤をつけてしまう。
見えないところなのだから想像するしかないけれど
見えないものを見ようとする力があるのは
賢さだと思う。

「負けが込んでも一気に挽回しようとせず、
日常をやり続けることだ」
と言ったのは、
日本人初の世界タイトルを獲得した
プロ・ポーカープレイヤーの木原直哉さんの言葉。
唸る!
負けをすぐに取り戻そうと躍起になる私は
そりゃ平常心から程遠いはずだ。
勝負してる人の言葉は真髄を言い表している。

昔、ある絵馬を見て、
???と思ったことがる。
その絵馬には
「高校生活でいじめられませんように。」
と書かれていた。
「高校生活が楽しいものになりますように。」
ではなく。
一瞬、
同じことを書いているように感じるが
全く違う。
「高校生活でいじめられませんように。」は
「いじめ」に意識が集中していて、
「高校生活が楽しいものになりますように。」は
「楽しい」に意識が集中している。
集中力はスポットライトと同じだから
意識が向いていることに強い光が当たり、
その周りは真っ暗で見えなくなる。
そして、
意識を向けた方向に向かう自転車と同じで、
意識を向けた方に現実は向かう。
「失敗しませんように。」と強く考えることは
まるで「失敗をするように」と
願っているようなものだ。

どのタイミングかで決めたんだ。
私の人生を誰のせいにもしない。
やりたいことは相談なしにでもやる。
やりたい!という気持ちも
放っておけば消える。
その時の気持ちを
大切に扱うためにも
すぐにやる。
まぁ、
相談なしにやっちゃたから…の痛手もあるけどね。

私はホワイトボード好き。
書き出すことで課題が明確になるので
講座ではホワイトボードを必ず使う。
しかし、会場が固定されてないので
場所によってはどのペンもつかない…ということが
稀に起きる。
その度に講師業をやっている受講生が
「つかないことがあるのでペンを持ち歩いている」と
言っていたのを思い出すくせに
ずーーーーっと用意し忘れていた。
そんな私に、
「前回の講座の時にペンがつかなかったから」と
ペンを受講生からプレゼントしていただいた。
わぁ!ありがとーーーう!
当の本人さえ忘れているのに
覚えてくれていた上に
準備してくれているのが嬉しい。
ペンをプレゼントしてくれた優しい受講生の課題は
己の【強さ】。
この【優しさ】に【強さ】が備われば
本来の彼の魅力は今より1000倍発揮される。
【強さ】は育てていくことができる。
一緒にチャレンジしてみよう。

貴重な人生という時間を
あてもなく迷ってしまわないためには
明確な目標や目的が必要だ。
目標と目的は違う。
目標は
「どうしたいか?」
「どう在りたいか?」
で、
目的は
「何の為に?」
だ。
目標に向かうには
大きなエネルギーを必要とするからこそ、
明確な目的がエネルギーの源となる。

経典「阿弥陀経」では地獄と極楽はこうらしい。
ーーーーー
人に対し怒っている時の心
つらく当たっている時の心
それが地獄。
人に対して優しくしている時の心
他人の喜びを心から祝福している時の心
それが極楽。
極楽は西にもあらで東にも
北(来た)道さがせ
南(みな身)にぞある。
ーーーーー
現代では地獄や極楽を
不幸や幸せと言ってるんだろうが
本当だな。
昔、人に道を譲るうような、
全然大したことじゃない優しい自分に出会って
喜んだことがあった。
優しい自分が嬉しかったのと同時に
どれだけ気を張ってたんだ…と思ったら、泣けた。
極楽も地獄も全部自分の中のことか。

賢いとずる賢いの違いは何?
わがままと自己主張、何が違うのか?
良い質問だなぁ。
さて、何が違うと思う?
目的のベクトルが違うんだ。
何の目的のために賢さを利用しているのだろう?
あなたの心のベクトルはどこを向いてるか?
周り?それとも自分?
ベクトルの違いは
ほんのちょっとの角度の違いでも
大きな違いとなってくる。

楽しい♩美味しい♫酔っ払う♬
講座は無事に終了したが、
帰りの飛行機が4時間遅延したあと欠航。
帰国が1日伸び、
見知らぬ中国人女性とホテルが同室。
地球の歩き方一冊を持ってバックパッカーしていた頃と違って
iPhoneがある分、当時と事情は違うけど
なんか…懐かしい。
バックパッカーしていた当時の気分を思い出す。
こういうアクシデントが
たまんないんだよなぁ!

月の力が発揮されないボイドタイムという時間帯がある。
野生の私は月や風、水といった自然の力を
大切にしているからこそ、
その力が発揮されないボイドタイムが
昔は好きではなかった。
何にも実を結ばない時間なんでしょ…と。
最近は違う。
何ものにも結びつかない気楽さがいい。
自由を感じ、ワクワクしてくる。
感覚とは不思議なもので
大好きだったものが苦手になったり、
嫌だったものが好きになったり。
変わってゆく自分の感覚が予測不能で、
おばぁちゃんになる過程も
ちょっと楽しみに思えてくる。